映画ジョーカーの解説!ラストシーンの意味は?

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映画ジョーカーが劇場公開され、賛否両論が巻き起こっています。それもそのはずストーリーの解釈は観客に委ねられ、様々な可能性を残しているからです。そこでこの記事では、映画ジョーカーのラストシーンを始め、物語の中でどんなことが起きていたのかを考察していきます。

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映画ジョーカーのラストシーン

映画ジョーカーは、主人公のアーサー・フレックが人気コメディアン、マレー・フランクリンのトーク番組に出演中、マレー・フランクリンを銃殺し、精神病院に入れられた、ところで幕を閉じます。

>>映画ジョーカーのあらすじをラストまで徹底解説

アーサー・フレックが起こした事件が発端となりゴッサムシティの街ではピエロのマスクをかぶった人々による暴動が起きました。そしてアーサー・フレックは暴動のシンボルとして崇められるようになったのです。

また、ピエロのマスクをかぶった暴動参加者によって富裕層のシンボルでもある政治家のトーマス・ウェインと妻も息子ブルースの前で殺害されてしまいます。

つまりラストシーンの出来事はジョーカーの誕生を描いていたと同時に後のバットマンを誕生のきっかけとなる出来事を描いていたともいえそうです。

映画ジョーカーで起きたことは本当か

しかしながら以上の出来事が実際に起きたかどうかについてははっきりしません。というのも最後にスクリーンに映った精神病院にアーサー・フレックは最初からずっといた可能性が残されているからです。

物語の冒頭でアーサー・フレックは精神科医によるカウンセリングの最中にかつて精神病院にいたことがあるけど覚えているか、と聞かれる下りがありました。

そのときに一瞬だけ映った精神病院とラストシーンで映った精神病院は共に白い壁に囲まれていたことからも同じ病院である可能性があるのです。

映画ジョーカーは最初から最後までアーサー・フレックの視点で進みます。つまり彼自信がこの映画の主人公であり、ナレーターでもあるのです。

しかしアーサー・フレックが彼目線で語るストーリーは全て本当かというとそうではありませんでした。

マレー・フランクリンのトーク番組をスタジオの観客として見に行った下りは、全てアーサー・フレックの想像でした。

それだけではありません。隣人の女性との恋愛エピソードも全て彼の作り上げたファンタジーだったのです。

しかしながらいずれの空想シーンもこの映画においてはほかのシーンと同じようにまるで本当に起きているかのように描かれていました。

つまり、アーサー・フレックがジョーカーとなり、ゴッサムシティの悪のヒーローとなった、という一連の出来事が必ずしも実際に起きたとはいえないのです。全ては彼が精神病院の中で空想していたことなのかもしれないからです。

アーサー・フレックは精神病院の中でカウンセラーと話をしていましたが、その話の内容こそが物語で描かれていたこと、だとも考えられそうですね。

アーサー・フレックの父親は誰なのか

アーサー・フレックは体の弱い母親と二人暮らしをしていて、彼には父親がいません。そのため父親にまつわるエピソードが何度か出てきましたね。

一つは人気コメディアン、マレー・フランクリンの番組をスタジオで見たときで、アーサー・フレックはマレー・フランクリンに気に入られ、君のような息子がいたら幸せだったな、とまで言われ、二人はハグをします。

あのシーンは全て空想でしたが、どれだけアーサー・フレックが父親の存在を必要としているかが分かります。

また父親が普通の人ではなく、誰か有名な人間、あるいはある程度地位のある人間であって欲しいとの願いも込められていると考えられそうです。

もう一つの重要なシーンは政治家のトーマス・ウェインがアーサー・フレックの父親なのではないか、という疑いが浮上する下りです。

かつてトーマス・ウェインの下で働いていた母親が、彼に送り続けていた手紙の中には、アーサー・フレックはトーマス・ウェインの息子だと書かれていました。その事実を口外しないために書類にサインまでさせられたそうです。

本人に本当かどうか確かめに行くと、アーサー・フレックはトーマス・ウェインから全否定されて、殴られてしまいます。

しかし本当ではないなら、なぜトーマス・ウェインはそもそもアーサー・フレックの母親のことを知っていたのでしょうか。

もしアーサー・フレックの母親が彼の下で働いていたことが事実であるなら、そのときに何かあったとしてもおかしくはないでしょう。

奇しくもトーマス・ウェインは政治活動中、テレビのインタビューで労働者はみんな自分の家族だ、と発言しています。あの言葉は、アーサー・フレックも自分の息子だと暗示しているようにも解釈できそうですね。

もしそうだとすると、ジョーカーであるアーサー・フレックは、バットマンであるブルース・ウェインの異母兄弟ということになります。

それはそれでバットマンシリーズに新たな解釈が加わり、面白くなりそうですね。

映画ジョーカーは現実と空想のミックス

あるいは、アーサー・フレックが語っていたストーリーは現実と空想のミックスだったともいえそうです。

彼は初めこそ精神病のための薬を飲んでいましたが、途中から市が予算をカットしたためにカウンセリングを受けられなくなり、薬をもらえなくなりました。

つまりそれ以降は彼は正気ではなかったことが考えられ、現実と空想の違いすらもはや区別がつかなかったのではないでしょうか。

果たして本当にアーサー・フレックのような精神に病を抱えた男が、人気テレビ番組に招待されるでしょうか。それもいきなりメインのゲスト扱いになるでしょうか?

コメディアンとして成功し、マレー・フランクリンの番組に出ることはアーサー・フレックの以前からの空想でもあったことから考えても、実際にアーサー・フレックがあの番組に出演したかどうかは疑いが残ります。

となると、番組内で起きたこと。そしてその後に彼が悪のヒーローのように人々から扱われたことも果たして現実だったのでしょうか。

製作側は一つの答えを提示していないので、その答えは、それぞれの視聴者が決めればいいと思います。

以上、映画ジョーカーの考察でした。

>>映画ジョーカーのあらすじをラストまで徹底解説

>>【ネタバレ】映画ジョーカーのトリビアまとめ

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